
Episode 00
番外編 - 喫茶 松 編 -

「ああ、全然変わってないな。レイアウトも、メニューも。うん、貞子さんの笑顔も」
その店のドアを開けるなり、お父さんが嬉しそうに呟いた。
今日のお昼前、お腹が空いた空いた、お昼ごはんまだ?と騒いだら、お父さんが「まい、お父さんの古いお馴染みの店に連れてってあげるよ」って言った。
「お馴染みって?」
「仲良し、ってことだよ」
「ふ~ん、仲良しかぁ…どこにあるの?」
「この前、電車を降りた東総社駅の近くだよ。お父さんが高校生の頃、よく行ってたんだ」
「ホント?なんていう店?」
「喫茶 松、さ」
私はまず、店の外のショーケースに並べられてるメニューの紙を眺める。焼きそば、焼きうどん、鍋焼きうどん、野菜炒め定食、ぜんざい、コーヒー…。
それから店に入ってぐるりと見渡した。
小さなテーブルと椅子が壁に沿ってきちんと並べられてる。古い建物…こういうのを「昭和な」って言うんだよね?ちゃんとお掃除されてて、なんか安心する感じ。

「いらっしゃいませ。あらあなた…しばらくぶり、元気にしよん?」
小さなおばあさんがカウンターから出てきてにっこり笑った。この人が貞子さんだ。
「お久しぶりです、僕のこと覚えてますか?」とお父さん。
「もちろん。まあまあ、すっかり大人になって、可愛いお嬢さん連れて。娘さん?お名前は?」
「私、まいっていうの!」
私は焼きうどんを、お父さんは焼きそば定食を頼んだ。
ジャッジャッジャッと炒める音がしたら、すぐに美味しそうな匂いがしてきた。
「はい、お待ちどうさま」
少し甘めのソース味。野菜たっぷり。
お父さんはあっという間に平らげた。私がゆっくりゆっくり食べていると、
「まいちゃんは総社は初めて?」
と、貞子さんが話しかけてきた。
私が口を一杯にしたまま頷くと、
「私ね、総社のことならなんでも知ってるんよ。このお店を 50年くらいやりよんじゃもの。総社の応援隊長になりたい思うんよ、ふふふ」
と笑った。

次々にお客さんがやって来る。すると貞子さんは「ほら、あなた、黒尾でハチミツ作っとる人が今度テレビに出るんよ。見てあげて」とか「そこにある花瓶は Fさんゆうて、総社に縁がある若い作家さんので、私、応援しているんじゃ」なんて教えている。
それから私に小さな三つ折りのマップをくれた。
「まいちゃん、総社のまちあるきマップあげるよ。ほらここに、ウチも載ってるんよ」
「ホントだ!」
『総社宮筋あるき』というマップを開く。総社に来たとき初めて通った総社宮がここ。おばあちゃんの家はここ。そして「喫茶 松」はここ。他にも可愛い人や建物のイラストがいっぱい。面白そう!今度の猫のアオと一緒に歩いてみようかな。あ、マップの中にも私みたいな女の子と黒猫がいるよ。
「ごちそうさま。美味しかった」
食べ終わると、貞子さんが私に「ほら、おまけにこれあげる」と、板チョコをくれた。
「やった!まいもお馴染みだね」
「そうそう、可愛いお馴染みさんじゃ」
お店の中が笑顔でいっぱいになった。

喫茶 松
総社市総社1丁目17-12
定休日:日曜日
営業時間:7:00~14:00
駐車場:8台
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